辺りの気配を少し警戒しながら傘を閉じ、
この里に留まる時の為に用意されている塔の一室へと戻る。

簡素なつくりの小さな台所に立ち、水を入れた薬缶を火にかけた。
手際よく茶を淹れる用意をする。

外套を脱ぎ壁に掛け、一息ついた所で覚えのある気配に気が付いた。











湿気を含んだ空気を吸い込む。雨に打たれて肩を塗らす黒髪をそのままに、螺旋状の階段を昇る。
独特の色合いの景色が、壁に取り付けられた小窓から見て取れた。

雨が跳ね返る忙しない音が、静かな塔に反響する。


彼は目的の部屋の前に辿り付き、戸を叩こうとした手を、止める。
戸を叩くより先に扉が静かに開いた。


「よぅ」


「・・・マダラ・・・」


扉を開いた人は、己の顔を見るなり、さっと足元にも目をやる。
髪や服の袖から水が滴っていた。

一度室内を振り返り引っ込むと、適当に乾いたタオルを掴んで戻ってきた。


「風邪を引きます」


それの両端を持ち広げたものを、少し踵を上げて彼の頭から被せる。
部屋の中へ進ませると、片手を伸ばし扉を閉めた。

被せたそれの上から撫でるように手を滑らせ、水分を拭き取っていく。
自然とイタチが、彼の首に抱きつくような格好になる。
ふわりと漂う清潔感のある香りが心地よい。

襟元に手を掛け、水分を含んだ彼の外套を脱がしにかかる。
水滴が床に落ちて黒い染みを描いた。

仄かに肌で感じる体温に誘われた気がして、
雨に塗れた頬をイタチの白い首筋に寄せる。

ひやりとした感触に、その肩がぴくりと跳ねた。


「!・・・んっ」

肌蹴た外套から腕を抜くと、湿った生地がぱたりと音を立てて床に落ちる。
其れを拾い上げることもせず、柔らかい肌に口付け、小さな朱色を刻んだ。

「まっ・・・マダラ・・・」

より強く身体を抱こうとする腕を押し返す。

その様子を少々変に感じた彼は、名残惜しいが呆気なく開放してやった。

「あっ」

ぱっと手を離され、一瞬の出来事にバランスを崩してよろける。
咄嗟に右腕を差し出しその腕を掴ませた。


「どうした」


「・・・・・・もう」


放されたイタチは、じろりと男を軽く睨むと、やや首元が開けた服の乱れを片手で直す。
同時に、台所で口から蒸気を上げかけていた薬缶を炙っている火を止めた。

途中床に放置されそうになっていた外套を拾い上げ、自分の着ていたものの隣に掛ける。



「・・・茶を淹れる所だったのか」

「はい」

その気が削がれ、彼も一息つくことにした。己の肩に手を置き、首をコキリと鳴らす。彼の癖だ。




テーブルの上に目を遣ると、蓋の開いた菓子箱。
ここに来る途中商店街の側を通り、菓子屋を数件見掛けたが、今日はやたらと賑わっていたことを思い出す。
イタチは彼に席を勧めた。

「お前が人の集まる所へ出向くとは珍しい」

「・・・そうですか?」

この里の人々の中に、イタチの顔を知った者など稀だろう。
知った者が居ても、それはおそらく他里の情報を持つ忍たちだ。
しかも此処一帯の忍は皆、暁の首領を務めている者の配下である為、
素性を知られていたとしても危険が及ぶ可能性は皆無に等しい。

品のいい色の湯呑みを二つ用意し、それに緑茶を注ぐ。
温かい湯気が茶の香りを運んだ。
湯呑みを持つと、触れた部分から雨で冷えた掌が、じんわりと暖められる。


菓子の個包装を開き、二枚の小皿に二つずつ揃えて乗せ付属の二股の串を添えた。


「どうぞ」

「あぁ・・・」

礼を告げ、菓子が乗った皿を受け取る。
あまり自分が口にしない風体のものだった。

「イタチは、こういうのが好きなのか」

「・・・この里のお菓子らしいです」


此処は閉鎖的な里だが、"神"と呼ばれる男が里を統治した後、
人々はそれなりの活気を持ち、食べ物の質も戦時以前に比べて大幅に上がっているらしい。


串を入れると、丸いそれはふわりとした感触ですんなりと切れた。
中にはとろりと甘そうな乳白色のクリームが入っている。
一きれを口に運ぶと、見た目どおり甘くまろやかな風味が広がる。

拠点のひとつを此処に構えながらも、あまりこの里の食文化に触れた事がなかった事に気付く。


ふと、自分のほうじっと見つめるイタチと視線が合った。


「・・・・・・」

「・・・何か?」


口元に笑みを浮かべ、視線の理由を訊ねる為の言葉を抛る。

「・・・いえ・・・」

イタチは、ふい、と小さな首の動きで彼から目線を逸らした。
湯呑みの縁を口に当て、静かに一口を飲み込む。

茶の水面を眺めていると、今度は逆に、イタチが視線に気が付いた。
彼はテーブルに肘をつき、首を傾げて穏やかに微笑む。

「・・・相方とは上手くやっているのか?」

先日顔合わせし、組織の任務をこなす為の相方となった者のことを問う。
怪異な風体だが、己よりも強い者にのみ従順な忍だ。

木の葉の暗部でも一分の隊長を務め、命令慣れしたイタチには扱いやすいだろうと読んでいた。
高度な瞳術を操りチャクラを消費しやすいイタチに対し、その男は尾の無い尾獣と例えられる程だ。
チャクラの性質と合わせても相性が良い。


「少し、薄情そうな所が良いですね」

「・・・気に入ったようだな」


くすりと笑い合う。
此処暫く、イタチは師を真似てか時折、人と対話する時に冗談を混ぜるようになった。


無理も無いが、里を抜ける前後は口を利くどころか食事をするのも難しかった事を思い出す。
あれから暫くして、まるで何かがぷつりと切れたように平素を取り戻していた。
この齢で、この世の全てを悟らされたように。




イタチは今でも、焦がれるようにあの里の方角を眺めている。



「・・・契りは守るさ」


だから案ずるなと、白い頬に手を伸ばし撫でる。



―――――嘘ではない。

永久の愛を誓い合う婚約の契りでさえ、有効なのは形式上、どちらかが果てるまでのものだ。
イタチが生きている限り、この契約は続く。

艶やかな前髪が、頬を撫でる手の甲をくすぐった。
悲しげな瞳と微笑を返される。





何故だろうか。


まるで、己の孤独を案じられているように感じる。
































今宵は雨のおかげで、月が見当たらない。
雲の隙間から僅かに、月の存在を示す明かりが漏れていた。

二人分の体重を受け止め、簡素な造形の寝具が軋む。

与えられる刺激からか、イタチの瞳から透明な雫が流れ落ちた。

二人は寝屋を共にすれば、身体を重ねる関係でもあった。
マダラは以前にも、行為の最中に零れるイタチの涙の理由を問う事に臆した覚えがある。


(・・・如何した)


いつものように、余裕に満ちた態度で問えばいいのに。
その哀しげな微笑を見せられると、そうしようとする考えが揺らいでしまった。






























荒い息を整えながら、小さな額に汗で張り付く前髪を避け、耳にかけてやる。

汗ばんでしっとりとした首筋に顔を埋めた。

こうしていれば、あの何か問いたげな瞳に心を乱されることは無いだろうと踏んでいたのだが。

ふわりと、癖のある髪を、己の頭を擁かれる。



「・・・マダラ・・・」



「・・・・・・」



後ろ髪を撫でられ、加えて蕩けるような甘い吐息が頬を掠めた。




















――――――言えない。何も。










(解るのか・・・? お前は、俺の―――)
































「イタチ・・・」





しばしの間の後、やっと名を呼ぶことが出来たが、かの人は既に規則正しい寝息を紡いでいる。







「・・・イタチ」





こつり、と、何かを伝えるように額と額を合わせる。











たった一つの言葉が、云えない。























雨の音が、窓を叩いて響く。

透明の雫の壁が視界を遮る。



あの里は、此処からは視えない。









































































































2010/02/20 Tidori.
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