木々の隙間から日の差す森の傍、
上辺は見渡しの良い閑散とした山の野原を風が凪ぐ。
ありふれた草たちの合間に、黄色くて小さな蕾をつけ始めた花たちが見て取れた。




静かな其処には草が擦れる音と、





キィ、と、二時の方角から、遠くの空気を裂くような鋭い鳴き声がした。

その気配に、先程から既に小鳥たちの声は聞こえない。


膝上程に伸びている雑草の中を、声のした方角へ進むと
仕留めた獲物の上で心なしか誇らしい顔をした精悍な鷹が一羽。

「・・・よし」

腰につけた小振りな入れ物から代わりの獲物を取り出し投げてやると、
器用に首を伸ばし嘴に捕える。

その隙に、彼の獲物を貰い受ける。まだ少し暖かい。

先程踏み付けた草が未だ横たわる場所を振り返り、水音のする方角を目指して歩みを進める。
























「夕飯だ」




空が紅く染まり始めた頃、癖のある長い黒髪の男は
川辺で野宿の準備をしていた相棒に声をかける。


「・・・・・・兎、ですよね」


その動物の呼び名を声に出すと、愛らしいふわふわとしたそれが真っ先に思い浮かんだが、
茶色がかり少し白い毛が入り混じったそれを視界にみとめた後
尻尾や後ろ足の形でやっと判別する。
濡れて尖がった毛先から、冷たそうな雫がポタポタと滴り落ちる。

なにか神妙な面持ちでそれを見つめた。

「・・・兎は嫌いだったか」

少々ワザとらしい残念そうな師の声色を聞き、はっと思考を戻す。

「いえ・・・いただきます」

此処より下流でほぼ血抜き等を済ませたらしい。滴る液体は透明だった。
兎の足を逆さに持ってを受け取ると、小さな荷の中から片刃の忍具を選んで取り出す。
塗れた毛や肉の、冷たくて堅い感触が不思議だ。

大きくてやや平らな石を丁寧に洗い、その上に兎の体を静かに横たえる。

十秒程、兎の前で自身の両目を伏せた。













時折流水に手をさらしながら、手際よく肉を切り分けていく。


里に居た頃は任務時、大抵は携帯食料や兵糧丸等を持っていたが、
疲労した仲間の為に小動物を捕まえて食すこと等も少なからずあった。

「煮込んでも良いですか」

幼少の頃から、肉を大きめの塊でそのまま焼いて食すものが苦手だった。

「好きにしろ」

ぶっきらぼうに、ではなく、気遣いと期待を込めて答える。

野営が予想される時、イタチは小さな荷の中に少しずつ持ち寄っている調味料と
限りのある食材で、なかなか美味いものを作り上げる。

師は弟子の好き嫌いの理由が、子供のするそれとは
一線を駕したものである気がしてならなかったので、
それを咎めた事は一度も無かった。







突然、キィ、という短い鳴き声が頭の上から聞こえた。
一瞬手を止めて上空を見上げる。



「・・・さっき狩りに使った奴だ」



問いが訪れる前に答えを知らせる。
彼の眼ならばどんな動物も、戸棚に手を掛けるように簡単に従えることができる。

服従を逃れて自由に上空を飛び続ける彼は、まるで何かを強請っているように見える。

此処より東の下方、数時間ほど歩めば小さな村があるのを思い出した。
あの鷹は人にたかる事に慣れているようだ。


「・・・・・・」


暫くその飛翔を眺めていたイタチが、
切り分けて傍に除けていた肉の一片を手に取り、上空に抛る。

夕焼け空に一点存在した黒い影は、
淀みない風のごとく真っ直ぐに滑空し、鋭利な爪で投げられたそれを持ち去った。


獲物なら己の指一本で仕留められる師の趣味に、わざわざ付き合わされて
餌をとり損ねたのなら、あの鷹が少々可哀相だと思った。


再び強かな一鳴きが聞こえたが、それはもう遠い。
その声がするほうを眺めていた師がぽつりと呟く。


「代わりの獲物なら先程取らせた」


「・・・この季節ですから」




彼は何か持ち帰らねば、待っている伴侶に合わせる顔が無かったのだろう。

それを聞いて師は、先月より冷気が控えた風の感触を思い出した。

















日が落ち薄暗くなった頃、薪の火が周囲の空間を照らす。
他に持ち寄っていた食料と共に温かな食事を取る。

危険な任務中では火を起こすこともできなかった。
冷たい食事をとる夜が多かった事を静かに思い返す。


とある任務の帰り、面倒見のいい中忍の先輩の忍が、イタチの疲れた体を気遣い
こっそりと影で湯を沸かし、温かくて甘い飲み物を作ってくれたことがあった。
イタチが中忍に昇格し、暗部に異動した時より見掛けることも少なくなっていったが。

(・・・おそらくもう二度と会うことはない)

あのように優しい人が、今でも忍の任務を続けているのだろうか。
子供の面倒をみるのが好きだと、笑って話してくれていたような気がする。
もしかすると今頃、アカデミーで子供たちに忍術の基礎を教えているのかもしれない。



里を抜けてからというもの、その時その周辺の思い出たちが、
目覚めた直後の夢の記憶のようにぼんやりとしている。



ふと、視線を感じて正面に目をやる。

「・・・どうした」

そうなるのは決して珍しいことではなかったが、
箸が進まないイタチのことが気になっていたようだ。


「いえ・・・」

手の中の器は未だ温かい。
先程自分が捌いた冷たい兎の肉は、火を通した事でとても柔らかになっている。
味付けをしてじっくりと煮込んだそれに白い歯を立てると、舌の上で甘く解けた。













静かな流れの川、森の傍。

イタチは修行を行う際は、このように人気なく
できるだけ価値の無さそうな場所を好んだ。


大分昔、人が居た名残のある、
風避けになりそうな岩場の穴に腰を降ろし薄手の毛布を被る。

師の隣に寄ると、黒衣に覆われた両腕が伸びゆるやかに抱き寄せられる。
腕は外套をくぐり、より熱が伝わるよう密着する。
胴に触れられる感触に小さく声が出そうになったが、咄嗟に息を止めて制する。

ふっ、という息が頬を掠めた気がした。

最初は何か言いたげで戸惑っていたイタチだったが、結局は
師の両足の間に大人しく収まった。

こんな所で一体何を始めるんだという懸念があったが、
そのような意図が見られず安堵して息をつく。

断じて脅えて声も出なかったという訳ではない。
師はそう意識されるのを見越した行動だったのだろうが、
あらぬ疑いを掛けた事を悟られるのが羞恥だった。
辺りは暗いが、仄かに赤らめた頬を隠すように俯く。

人の鼓動を耳の辺りで感じ、眠りに着くには少々早く感じられる時間帯と相まって
すっかり眠気が失せてしまった。


師は眠りに着く前のイタチに、様々な物事を説く習慣がある。
イタチもそれを望んでのことだった。

時折垣間見る、師が心の内に潜める焔の熱も知り得ていたが
常時平穏を保つ老いを含んだ低い声は、聞けば心が落ち着ちを得る。

















いつもまるで、親が子に本を読み聞かせるように囁く。


「鷹は生き延びるため、兄が産まれて間もない弟を殺すことがある」

今まさに己の腹の下で行われても、母親はそれ咎めることもない。
より生存の確率を上げるための本能。

「あれらが行う事は、誰にも責められることはない」




―――――――我々とは違って。




黙して聴いていたその言葉に、じんわりと眉間が熱くなり、反して背筋は薄ら寒く感じた。

しかし、興味が沸いた。

一体いま、彼はどんな表情をして話しているのか。

不思議な模様の仮面は今は外されているが
師の肩口に頭を預けている体勢では窺う事が難しい。

それを確かめようと身じろぐと、細い腰を擁く腕に微かに力が込められる。

「・・・・・・」

早々に諦めたイタチは、その緊張を解くように腰に回る腕に緩々と触れた。
恐らく哀しそうな色を携える瞳の主に、静かに問いかける。

「・・・貴方が、鷹を愛でるのは何ゆえですか」

「・・・・・・」
















「幼い頃、一羽の鷹を貰った・・・狩りの仕方も教わった」



「・・・俺はまだ、何も知らなかったが」





その言葉は、独白するように紡がれる。
そしてとても昔の話のように聞こえた。100年前なのか、1000年前なのか。

苦を含んだ声に胸を締め付けられる。


彼とて元は人の子だったのだ。




大切な弟を犠牲にしてでも、師は一族の長の責務を背負わねばならなかった。
そんな中、一族に裏切られ、初代火影に敗れ。

傷付ききったその身体は、今や元来のものではない。
そしてその心もそれと同じだということに、果たして彼は気づいているのだろうか。










「・・・時が来れば、私も貴方と同じように・・・」


月の光が、雲の合間から柔らかく差し込む。
その一部が二人の足元を照らした。


小さな唇は、先程よりも強く告げる。



「・・・貴方を独りにはさせません」







腕を伸ばし、師の首元を優しく撫でる。




彼は無言でイタチを己の胸に強く擁いた。













お互いの息や、布の擦れる音が、静かな空間では妙に大きく聞こえる。



































"兄"としてこの世に生まれついた鷹達は、何のうしろめたさもなく明日も悠然と空を飛ぶのだろう。



優雅に見える生物には、いつでも壮絶なる経緯が潜む。







「失いたくなかった」等と、嘆いた鷹は居るのだろうか。













































































2010/01/24 Tidori.
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