――――――目を覚ますと、イタチの姿が見えなかった。
己の腕をすり抜け、外套を正す様子をまどろみの中で目にしたような気がする。
小さな生き物が水面を叩く音が、ほんの少し遠くから聞こえた。
昨夜夕食をとった場所へ向かうと、既に火が焚かれていた。
浅く水が通う場所にイタチが居た。
片刃を持ち、
白く光る細長い腹の中心に、朝日を受け煌く刃で綺麗に一本の線を入れる。
背後の師の気配に気付くと、振り返り律義に朝の挨拶を交わす。
「この魚はお好きでしたか?」
一見地味に見えるが、光の加減でうっすらと虹色に光る。よく知り得た河川に住む馳走だ。
水に流れる薄い赤は、瞬く間に周囲の水と同化し下流へと流れていく。
「・・・"それ"なら問題ない」
師はとても昔、とある魚の毒に大変苦しまされた事があるらしい。
現代ではその魚はその危険故、特別な資格をもった料理人しか調理することを許されなくなっている。
普通ならばとても笑い事ではないが、今や向かうところ敵なしという師の、
少し間の抜けた部分を垣間見るようで可笑しかった。
焚き火の周囲に、串代わりに手頃な枝で貫いた数匹の魚を並べる。
表面が火で炙られると、すり込んでおいた塩がうっすらと白く浮かんできた。
己より早く起床し、手際よく朝食を振舞うイタチを
傍らで腕を組みながら眺めていた師は、何かを連想していた。
「・・・あの・・・如何なさいましたか?」
「・・・・・・お前、・・・」
それは咽喉まで出掛かったのだが。
やはり押し留まる。
逆さに焼かれる魚の油が焚火の中に滴り、
勢いを増した炎が魚の表面を少しだけ焦がした。
2010/01/24 Tidori.
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