雨の香りが残るバルコニーに出て体の水気を払い、
しっとりと水分を含んだ髪を締め付けていた赤い紐を解く。

柔らかな髪が舞い、解いた髪がイタチの背を彩る。
その髪を乾いた布で包むようにして水分を拭き取っていく。



雨雲の隙間から差し込んだ午後の光は暖かい。

その光の一片がイタチの黒髪に当たり、付着していた水滴をきらきらと光らせる。


建物の屋根に隠れていた白く小さい鳥が二羽、
雨上がりを喜んで仲睦まじく飛んでいった。



イタチはそんな様子に目を細める。


















「・・・随分と可憐だな」



部屋の奥で、感情も抑揚も感じ取れないがよく通る低い声が響く。


顔や耳等に痛々しく刺し込まれた漆黒の装飾が、日差しを受け鈍く光った。
稀に見る端正な顔立ちだが、その表情は声と同じく感情の一端をも感じさせない。



「本当にあの者が?」


己の正面に位置するゆったりとした大きなソファに、
それと遜色ない態度で腰掛ける男に問う。

イタチと同じ色の髪を、イタチ同様僅かに湿らせていた。

淡々と見たままを伝えたのだが、何故か小さく笑われた気がした。


「まさかな、俺がどこぞの姫君でも攫って来たように見えるのか?」


応えた男は軽く肩を竦めて見せ、
切れ長だが何処かおっとりとした印象のする瞳を流す。

経験深く策に長けた者特有の雰囲気だ。


「・・・」


冗談をよく言う。

同じ人の形をしたものには他に類を見ないであろう
波紋を描く竜胆色の瞳を彼に向けた。



―――決して掴めない性格だが、彼を疑った訳ではない。

だが、些か信じがたいものを感じた。













一月以上前のことだ。イタチの行いは忍たちの間で知れ渡り、
木の葉や他国の忍たちを震撼させた。

どの里の歴史からしても前代未聞の事件であっただろう。
木の葉が追っ手を寄越す気配もない。

イタチが手に掛けた者達は、皆イタチと血を分けた同族の者達だ。
それらは里の隅で集落を形成し、里の者たちともさほど深い交流が無かったと聞く。

里の者たちは畏怖と驚異の念をイタチに対して持つだろうが、
きっと強烈な恨み辛みを持つものは少ないのだろう。




―――自らの両親さえ殺めた。




ペインが最大の疑問を兼ねた点は、其処だったのかも知れない。

加えて、先ほど感想を述べた通りの容姿や振る舞いを目にすると
正しく全てが"嘘"のようだった。


しかしイタチにはこの男、うちはマダラが深く関与している。
この世に生きている人間の中で最も長い歴史を持つ彼に、現世の常識は通用しないだろう。

そしてイタチとイタチが殺めた者達は、彼と同じ血を引き継いでいた。





「まぁ・・・確かに他の抜け忍達とはかなり経緯が異なる」


ペインの気を察したのか、波紋の瞳を見返し、その色を窺う。



"いつか話してやろう"



そう器用に目だけで伝えると、バルコニーで身体を乾かすイタチに声を掛けた。













返事と共に室内に戻ってきたイタチは
勧められた事を確認してから、マダラの右隣にそっと腰掛ける。

一度マダラの方へ軽く目を伏せ、一礼をした。

その相変わらず生真面目な態度に
肘掛に左肘を付いていた彼は、中指の背を唇の下に当て苦笑する。


ペインがイタチと顔合わせをするのは三度目程だが、
この度初めてゆるりと話をする場を用意していた。



「先ほどの雨は、貴方の?」


「・・・」



イタチは向かいに腰掛けるペインに視線を戻し、真っ直ぐな黒い瞳を向ける。
隣に座る男は比較的穏やかな表情でその様子を眺めていた。


「俺の雨だと解るのか」


まさか、と思ったが。
マダラの様子を見ると、彼がイタチに教えた訳ではないらしい。


「いえ・・・なんとなく、です」


「・・・」


ペインに怪訝な顔され、其れを解く様に訂正する。


不思議な子だ。


イタチはその才に驕るどころか、真の実力さえ見せたがらない。
未だ若いが、躾が行き届き洗練された一流の忍そのものだ。
確かにマダラの言う通り、そこ等の無法者たちとは訳が違うのだろう。


しかし"神の目"を目前にしながら、臆する気配すら窺えないのは
先ほどから隣で寛ぐその男の所為だろうか。




「・・・お疲れでは?」


先ほどから口数の少ない師の様子に気づいたのかイタチが彼に休息を勧める。
二人は先ほどまで連れ立って用事に出ており、この里に着いたばかりだ。


「・・・二人きりで大丈夫か」


イタチがペインと話をしたがっている事を察し、問う。


そんな、子供のように扱われなくても、と。


困ったように返すイタチの気の抜ける言葉に、彼は少々呆れた様子だ。

意外な所でイタチの幼さが垣間見え不可解な感情が過ぎったが、

今度は自分が疑われている事に気づき。   ―――しばし沈黙した。




























「この里の様子を拝見しました。

  ここは平穏なのですね・・・」


イタチが聞き及んでいた話とは大きく異なる様子だ。
内乱の傷跡が里外に所々残るものの、人々は穏やかに暮らし始めている。

他国に伝えられる雨隠れの状況は悲惨なものだった。


「貴方があの雨で護っているのでしょう」

それで察したのです。と先述の理由を述べた。




「・・・侵入者の駆除は俺が自ら行っている。
  この輪廻眼を用いれば里の忍が無駄に犠牲になることもない」


「・・・ご立派です」




イタチは里を抜けた経緯を思い返し、僅かに俯く。
豊かな睫毛が目元に影を落とした。




自分はあの里を、守れたのだろうか。















イタチは改めて、新しい主君代わりとなる人物を見つめる。

輪廻眼といいその佇まいや風格を見ていると
彼自身が語るように、彼はまさしく"神"に近しい存在だと感じだ。






――― 一体何処で拾ったのか・・・


神話で語られる眼を持つものが居たとして、
実際に接触し同志に引き入れることに成功している。

世界を望むままにすることを野望としながら
我が師は既にこの世界の一端を掌握しているように思えた。


ペインもまた、悲壮な人生を歩んできたのだろう。
この様な孤高の境地に常人が辿り着き、維持し続けるのは難しい。


生まれ持ってしまった強大な力が、その者に果ての無い苦痛を齎すのか。
そして師も同じ苦痛を受け続け、あのような考えに至ってしまったのだろうか。

イタチはそれが哀しい。


そして安易に彼らを責める事ができなかった。

















席を立ったペインに促され、イタチも席を立つと
丈夫そうな感触の五指で右手を持ち上げられる。


「触れても良かったか」


自らの掌にイタチのそれを乗せながら、ふと今気づいたように彼が言った。


「此処では貴方に従順にと」


「・・・そうか」


イタチの右手薬指に"朱"の印が刻まれた指輪が嵌められる。

まるでイタチとの出会いを予期していたかのような深緋。



「・・・お前の事をもっと知り得ておかなくてはな」




何れマダラが全て話してしまうだろうと予期した。

出来れば誰も、何も。知らない儘で居て欲しい。










揺ぎの無い、全ての忍の父である者の眼。
五影クラスの実力を持つ無法者の集を束ねているというその力、抗いがたい言の葉。

彼が正しき道を進んでいれば、師の野望を阻止する者と成り得たかもしれない。





「・・・貴方に期待しています」




とても様々な思念を込めた言葉。



その言葉に彼はフッと、微笑する。



「俺もだ」


その綺麗な微笑を目の当たりにし、彼は完全に感情を失っている訳では無いのだと感じた。


イタチはその事に安堵し、彼の其れと遜色ない微笑みを返した。









まだ希望はある。






















「何だ、もういいのか」


「はい」


イタチは師の休息用の部屋を訪れる。
常時滞在している訳ではないので作りや見た目はやや簡素なものだ。

師はしばしの間に眠りについていたのか、寝具の上に腰掛け軽く肩を解す。

ふとイタチの指に在るものを見つけ、その手を引き寄せた。




「・・・似合うな」



忍にしては白く柔らかい掌を、指の腹でなぞる。


「これは、何の為に?」


「まだ準備中だ・・・少し掛かるやも知れんな」



失くすなよ、と。幼子に語り掛ける様に言う。





"暁"に在籍するその証に、二人の頭にふと契約の内容が過ぎる。








指切りをする代わりの様に、師は指輪の在るその指にそっと口付けた。































2009/11/01 Tidori.
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